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 無数に瞬く星、月、恒星、地球。

 「清香」

 「なにー?」

 「吐きそうだ」

 俺は直感を述べた。

 ダイレクトリンクシステムから感じ取った宇宙空間……シュミレーターだが……は、
 今の俺には手に余る物だったらしい。

 五感が逆行するような勢いでこの空間から脱出したがっているのが解る。

 「え、もう? 早いよー、誠っちゃん」

 非常に不名誉な事を言われているような気がするが、今はそんなことに構ってられない。

 「手伝ってくれ」

 「はーい」


 俺の相棒、姫史清香は幼なじみで、ルームメイトで、エースパイロットだ。

 俺は2年次に整備科に転向した落ちこぼれ。

 それでもたまに、こうしてパイロット候補生の真似事をしたりする。

 その訳は……、

 「ぢゃっぢゃ~ん!」

 目の前に、3Dヴィジュアルの清香が表れた……全裸で。

 「おい」

 「えへ。宇宙酔いの誠っちゃんのために、私、人肌脱いじゃいました♪」

 余計なお世話だ。

 っていうか字が違う。それ脱いだら死ぬっての。

 「緊張感が無くなる。服を着てくれ」

 「いえっさ」

 しゅわわわん、という間抜けな音と主に、際どいラインのエプロンドレスが装着される。

 俺はカーボン樹脂製の操縦桿を握りしめて怒りを抑えた。

 「あ、怖い顔」

 あっけらかんとした声が、俺の理性に油と酸素と火を注いでいく。

 対照的に、システムは手際よく起動されていき、
 俺のフィジカルバランスも正常値へと戻っていく。

 「……始めてくれ」

 「いえっさ」

 言った途端、

 がくん、と言う音と共に下方向のG。

 「………………っ!!!!」

 オートバランサーが作動するまでの僅かな間、名状しがたい気分で苦悶に耐える。

 数秒で、基本姿勢に移行。その前に。
 コンパネに気合いで指を這わせて、通常速度で航行法を入力。
 ……承認。

 深く息を吐くと、清香が横で親指をぐっと立てて笑顔。

 「ナイスファイッ!」

 「まだ戦ってねぇ」

 吐き捨てるように言って、俺はマニュアル通りの手順を必死で思い出す。

 モニタに反応。

 「敵影3機、アンノウン。Bクラス装備確認。まとめて狩れる?」

 「出来れば、な!」

 孤を描く銀糸。

 ロックオンのサイン。

 オレンジの光弾を回避。

 1、2、3、4、――衝撃。

 「ぐ、うぅっっ!?」

 「ダメダメ、誠っちゃん、お腹見せちゃダメだよ。やられちゃう」

 ムチャを言うな。こちとら立ってるだけで精一杯なんだから。

 「2時の方向より敵機接近、掴まれるよ!」

 黒い流線型の機体から、凶悪なサイドアームが出現する。

 「こ、……んのおおぉっ!!」

 急加速。

 体中の血が右半身に偏っていくのが解る。

 「お、凄い。根性避け」

 清香の軽口に付き合っている余裕なんて無い。

 俺は操縦桿のハッチパネルを開け、赤いトリガーを全力で押し込む。

 前方2機にに12射のブリッツ。

 閃光と白煙。

 「一機撃墜!」

 「逃がした方はっ!?」

 「貼り付かれてるよ!」

 全方位視界が警告を促す。

 そっちに気を取られていると、横殴りの衝撃が俺を襲った。

 「右舷に被弾、レートダウン! ……あ、誠っちゃん! ダメッ!!」

 船首を持ち上げた途端、直下からも衝撃。

 「んな、」

 まずい、舌を噛んだ。目の前を小さな星がちらつく。

 「掴まれてるよ! 振りほどいてっ!」

 ムチャ言うな、こっちは初めての宇宙戦なんだぞ!

 でたらめに動かしたシャフトも、ただから回るだけだ。

 警報、真正面に重力源反応。

 「誠っちゃん!!」

 画面がフラッシュアウトして……コクピットの照明が落ちた。

 
 ……はぁ。

 俺は深く息を吐く。

 初めての宇宙。やっぱり……今更、俺には無理なんだろうか。

 適性を乗り越えるなんて、口で言うほど簡単な物じゃなかった。

 コンソールに灯る、「EJECT」のキー。

 それを憂鬱に見返しながら、俺は緩やかに手を伸ばし――、

 

「――諦めちゃダメっ!!」

 全包囲モニタが、光を取り戻していく。

 後方にはスパークに巻かれて沈んでいく敵機。

 急激に巻き戻っていく慣性。

 そして、別物に見える世界。

 さっきの続き……なのか?

 「コントロールを貰ったよ」

 すぐ傍に、清香の顔。

 「不安だよね。宇宙は目に見えるほど狭くないから。でも」

 フォーカスが、最後の一機に向き直る。

 「まだ間に合うよ。大丈夫。誠っちゃんなら、きっと」

 加速。

 綺麗すぎるほどの最短距離を、俺は呆然と目で追っていく。

 「言ったじゃない、一緒に飛ぼうって」

 針を縫うような緻密な斉射。

 それを急旋回しながら振り解き、

 「あの時の誠っちゃんの顔、私、覚えてるよ。だから」

 ロックオン。

 「負けないで」

 シュートダウン。

 ++++++++++++++

 ……ハッチが開く。

 汗だくの俺に微笑みかける清香は、いつもとは違う心強さを感じさせた。

 「これじゃ、しばらくは同伴だね?」

 軽口に答えてやりたい所だが、こちらは吐き気を堪えるので精一杯。

 何せ、運転がかなり尋常じゃなかった。

 ……まぁ、半分は自分でやったことだが。

 そんな俺の貼り付いた前髪を、清香がすくって遊ぶ。

 細い指が、何だか心地よかった。

 「がんばろ」

 それは、何度も掛けられたメッセージ。

 はね除けたりもした。罵声を浴びせたこともあった。でも、今は。

 「……おう」

 無理にでも笑って、そう返すことにした。

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