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 差し出された傘の中には、雨を遮っている以上に意味のある何かが有ったのだと思う。

 聡見は半ば睨み付けるような形相で、

 「入らないのか」

 と言った。

 怒っていると言うより、困っているという感じの眉毛をしていた。

 パラついている前髪。

 眉間に刻まれたシワ。

 何故か少し赤くなっている頬。

 それらを順番に見下ろしながら、ようやく気付く。

 「肩、濡れてるぞ」

 「じゃあ早く入れ」

 「入れと言われてもな」

 「風邪を引いても知らないぞ」

 それはどっちに言ってるんだろうか。

 ――と思った直後に、

 聡見はくしゃみをしようとしたモーションを無理矢理キャンセルして、
 顔面から面白い音を立てながら鼻水を吹き出した。

 沈黙。

 のーん、と伸びたそいつの鼻水を拭いてやりながら、訳の解らなさに泣きそうになった。

 「あのな、誘いに乗ってやりたいところだが、残念な事が2つ有る」

 「……言ってみお(ろ)」

 「今日は、ちゃんと傘を持ってきてるんだ」

 ほれ、と折り畳み傘を見せると、聡見はソレを奪い取って下駄箱そばの傘立てにねじ込み、
 やり遂げたような清々しい笑顔で戻ってきた。

 「クリア」

 「クリアじゃねえっつーの」

 べし、と容赦ないデコピンを見舞ってやる。

 聡見は大きくのけぞった後、涙目になりながら、

 「お前は傘に入れと言った女の誘いを断るのか」

 と言った。

 「それに関しては別に異論はないんだが」

 「おう」

 「理由その2だ。身長差が有りすぎて傘が役に立たん」

 「む」

 「俺もお前もズブ濡れになる」

 言われて、聡見は横殴りに吹き付ける雨の様子を、5秒ほどまじまじと見続けた。

 「むう」

 一声唸ると、今度は自分の鞄から何かを取りだした後に、こう言った。

 「2人とも濡れなければ良いんだな」

 「出来ればな」

 「なら、問題ない」

 不敵に笑った後、傘を折り畳んで下駄箱に引っ込み、しばらく悪戦苦闘した後に戻ってきた。

 牛が。

 いや、牛模様の雨合羽を着込んだ聡見が。

 「クリア」

 「だから、クリアじゃねえっつーの」

 ぐぐ、と『ベニヤクラッシャー』の異名を取る破壊的なデコピンを放とうとしたが、

 パーカー部分になっている牛の顔を引き出して防御を試みたので、やめた。

 というか、やる気が失せた。

 「傘はお前が使え」

 にゅい、と顔を出した聡見は、何とも言えないような良い顔をしていた。

 「うひ」

 笑いには品がなかった。

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