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 小島くんがタクトを振ると、世界がそれに追随する。

 全ての音階が小刻みに揺れる手に翻弄され、包み込むような表情と共に旋律が生まれる。
 有機も無機もない。たった一人の拍が、全体に浸透する初期値となる。

 私は硬い木の椅子に腰掛けながら、
 旧校舎の空き教室で開かれるコンサートを1人、見ていた。

 雨音のコンサート。
 
楽器なんて無い。
 彼は優雅にタクトを振り――演奏は途切れる雨足と共に、終了した。

 私は最大級の賛辞を送る。
 彼は相変わらずのニコニコ顔で、やんわりとそれを受け止める。

 「エアギターを誉めてるようなモンだよ」

 ギターの弾けない人がフリだけで演奏するというアレね、と付け加えて彼は教卓に腰掛けた。
 そう、彼は楽器を演奏できない。指揮の勉強をした訳でもない。
 にもかかわらず、音の流れを――いや、呼吸の流れみたいなモノを作ってしまう
 不思議だ。
 
けれど、それを為す精神性を読み解きたいとは思わない。
 神秘は神秘のままで良いからだ。

 ――でも、

 「今日こそは教えてよね」

 私は追求する。『フリ』をする。

 「その手の秘密」

 ……少しの間と、苦笑い。
 私は、この現象の謎がその手にあると彼に言い続けていた。

 「敵わないな、弓月サンには」

 教卓から降りて、彼は窓際へと歩いていく。

 「昔ね、マジックをやってた時期があって」

 どこからともなくボールが手の中に現れ、

 「その応用だよ。指揮者のアクションって複雑だから、良く真似してた」

 いくつにも分かれて、消える。ミスディレクションって奴だよ、と彼は付け加えた。
 さもこの音を操作しているような『フリ』。
 小島くんはニッコリと笑う。

 ……種は割れていたし、それが知れたところで特技であることには変わりない。
 私は冷静に、納得をする。これも、演技。

 「えー、でも」

 ここからが、

 「やっぱり何か有るんじゃないかなーって」

 本番。

 間近でそのしなやかな指を見る。呟きが漏れそうになるのを必死で堪える。

 ――何て、綺麗。

 「何にもないって」

 呑気に笑うアナタは知らない。私がどれだけこの指に焦がれているか。
 顔を近づけるだけで電気が走る。

 「調べさせてよ」

 ――もう、我慢が、

 出来な、

 「良いよ」

 吐息。

 初めて触れる、男の子の手。その指先。その爪。

 「――あぁ」

 声なんて気にしない。彫刻みたいな指の節を、額に、鼻先に、そして唇に押しつける。
 この手に愛撫される妄想。その全てが今、目まぐるしく脳裏を焦がす。

 彼はというと、困惑した顔のまま、糸みたいに細い目を見開いて驚いている。

 私はくすくす、と嗤いながら、糸を引いた指を手放し、

 「操って、みせてよ」

 上気した顔で告げた。

 「私も」

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