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 「キィちゃん、おっはよーーう!」

 親友、四宮サクラは元気に登校してきた。
 真新しい制服に身を包み、いつも遊びに行くようなテンションでぶんぶんと手を振っている。

 「おはようございます」

 ぺこりと頭を下げると、

 「うん、おはよー」

 と再び挨拶が帰ってきた。隣にいる彼が、困ったような顔で会釈をする。

 「今日は一緒なんですね」

 「妹がかわいくてしょーがないお兄ちゃんは『初登校も心配でー』、
 とか言って付いてきたのですよ。えへへ」

 「……台詞を創作すんな」

 めし、と彼女の分け目にチョップが入る。くあ、と言う悲鳴。
 ……全くいつもの光景だった。
 日向で見るこの2人は、何の変哲もなく仲の良い兄妹で、かえってそれが違和感になる。
 落ち着かない。
 私は無意識にポケットを探り――、

 「本か?」

 と聞かれ、ギクリとする。

 「キィちゃん、活字中毒なヒトだもんねー」

 面白そうに彼女は笑い、ちょっと複雑そうに彼も笑った。

 「無いと、落ち着かなくて」

 ぱらり、と手帳をめくる。罫線を沿う活字に、期待してるような感触はない。

 「ごめんなさい」

 「謝る事じゃないさ」

 咎めるような口調ではない。
 それでも何故か責められた気になって、私は彼の双眸を覗いた。
 色素の薄い、透き通った瞳が、朝の光景をただ眩しそうに映していた。

  

 真実、彼は私を救ってくれたのだと思う。
 私が蒐集していた情報は、それそのものが既に危うい存在だった。

 「まさか、シトをもう1人増やすわけには行かないからな」

 ――確か、そんなことを呟いていた。
 場所は、都内の寂れたラブホテル。
 シャワー越しに聞こえた独り言だったから、定かではない。

 印象的だったのは、むしろその後。
 思ったよりも硬く地味なベットに所在なく腰掛けていると、何だか無性に、手元が寂しくなった。
 いや、正確に言えば「目元」が。
 眼鏡がおシャカになったというのもある。
 だけどそれ以前に、ネットにハマっていた頃のような苛々が私を襲うのが解った。

 読むモノを物色していると、枕元に場違いな電話帳が有るのを発見し、
 パラパラとめくって過ごしていた。
 その時だ。

 「落ち着かない、か?」

 わしわしと濡れた髪を拭きながら、彼が複雑そうな顔で私を見ていた。
 まだ、ここでは何の後ろめたさもない。

 「癖なんです、何かを流し読みするのって」

 タオル越しの手が、ピタリと止まった。
 押し殺したような溜め息。
 その瞬間、その瞳に映っていた昏い色を、私は生涯忘れそうにない。

 「良いさ。吸血衝動っていうのは、大抵そう言う無自覚な消費で始まるモンだ」

 ええと。
 どういうことですか。

 この言葉を発するのに、どれだけの時間と労力を費やしただろう。
 やはり気付いていなかったか、という舌打ちと共に、がしがしと頭を掻く。

 「じゃあ聞くが」

 心底、疲れたように

 「君はあのインクが何だと思っていたんだ?」

 ……問いかけられる。
 何も解らない。
 解りたくない。

 心底――もう何度こんな気持ちになるのか解らないが――、震えと吐き気を感じた。

 それから私は、あの悪夢のような期間に何が起きていたのかを、
 たっぷり聞かされることになる。

 無人になった環状線。
 行方不明になった多くの人達。
 ケイタイ越しに伝播する毒素。
 
その他、余りにもあんまり過ぎる、多くのことを。

 「君の場合、身体の劣化はそれほど進んでいなかった。そこに関しては運が良かったと言える」

 あの後、あの時。
 私が昏倒した理由というのは、つまり。

 「シズネさんから聞いたときは、耳を疑ったがね。昼日中に出歩く、……夜族が居たってさ」

 

 私は秋色の空を見上げた。もう、太陽に敗退して倒れるようなことはない。
 だけど――、私のしたことは無くならないし、償いというのも、これから始まるのだ。きっと。

 「あれ、キィちゃんメガネ変えた?」

 ……ちょっと言い辛いことを聞かれて、口ごもった。

 「ああ、俺が買ってやったんだ」

 彼が口裏を合わせてくれる。

 「これから、色々と迷惑かけるだろうからな」

 「むー、何かその色々って所に存外なニュアンスが、」

 ぴたりと止まって、こちらを見やる。

 「――お兄ちゃんプレゼンツメガネ?」

 微妙な英語イントネーションで、きゅいぃぃい、と首を傾げるサクラ。怖い。

 「何ですか、その微妙にラブを感じさせるシチュエーションは?!」

 「あ、や、その」

 「別におかしい事じゃないだろ。
  眼鏡女子は季節によってフレームもレンズも変えるんだ。常識だよ」

 「初めて聞いたよそんなこと! ていうかアレ? 
  
2人でいちゃいちゃしながら、アクセでも買うかのように眼鏡選びもやったと言うことですか?!
  駄目だよキィちゃん、お兄ちゃんを誘惑するならまず私の屍を超え――」

 めごし、と。

 割合強烈なチョップを分け目に食らい、サクラは呻き声を上げて沈黙した。
 何となく気まずくて、苦笑いをする。

 初登校の通学路は、こうして、いつの間にか終わった。
 実際は、彼女が思ったような色気のある話じゃない。

 特注の仕掛けが施されたこの眼鏡は、ゼロがいくつも有るタイヘンな代物だったが、
 『吸血鬼・村雨菊花』の賞金は、それに輪をかけて膨大だったという――、
 ただそれだけのこと。

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