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 駅前のベンチで、本を読みながら誰かを待つ少女。
 酷くスタンダートなその景色は、実はこの世から少し外れたチャンネルの出来事であったりする。
 今やそんな現象は絶滅したに等しいので、コレはコレで正しい在り方なのかも知れないが。

 ふぅ。

 俺は1つ息を吐いて、買ったばかりのコントレックスに花を刺し、彼女の足下に置いた。
 文庫本から視線を外して、ぼんやりとこちらを見据える彼女。
 存在と同じように透き通った表情で、花と俺とを交互に見やり、

 「えと、……こんにちわ」

 そんなか細い声を発した。
 さて、ここからは文明の利器、ケイタイの出番だ。

 「ああ、今日は良い天気だよな」

 俺は、彼女の横に腰掛けながら、端末に向かって話しかける。
 その様子で察してくれたのか、彼女はクスリと笑って本を畳んだ。

 「独り言になっちゃいますもんね」

 大人し目に、しかし明るく笑う。

 「あんがとよ。今、話せるかい?」

 「時間だけは有りますから。いくらでも」

 「助かる」

 げにおかしきかな、霊界通話。
 それらしい格好さえしていれば、電池が無くとも会話は出来る。
 ただ、幾ばくかの想像力は必要だが。

 「どんくらい待ってるんだ?」

 「3年、くらいだと思います」

 「ずっと、そこで?」

 「はい」

 「辛くない?」

 「待つのは、結構好きなんです」

 「自分がどういう存在だか、理解できてる?」

 「まぁ、一応」

 穏やかに、こちらを向いて微笑み、

 「――自縛霊、ですよね?」

 多分、この後の展開まで見越した表情で、そう言った。
 ちくりと、胸が痛む。

 「じゃあ、俺がどんな人間かも想像が付くかな?」

 「はい」

 「君は、人に害をもたらす存在じゃない。今の所は」

 「はい」

 「でも、存在に無理があるモノは……いずれそう言う道を辿ることになってしまう」

 「はい」

 「キミなら、まだ数年はそのままのキミで居られるかも知れない。けれど、」

 「排除するに越したことは無い。――ですよね?」

 穏やかに笑う彼女。
 さっきは感じられなかった拒否の意志が、今は目に見えるほど強い。
 
対外的ではない、内向きで閉鎖的な固定のウィル。
 
手強そうだな、と思わず内心で呟いた。

 「私は、待っているんです」

 ――守っているんです。彼との時間を。
 そう聞こえた。
 
俺は、頭を掻きながら意味のないうめき声を上げ、少し声に出して言ってみた。

 「苦手なんだよ、ナイーブなのは……」

 「え?」

 「あー、もうヤメ。何かイヤになってきたわ。多分俺じゃ、キミをそこから引き剥がせねーし」

 彼女はキョトンとしながら俺を見ている。
 先任のネゴシエイター達は、多分もっと粘り強かったんだろう。

 「随分……早く諦めちゃうんですね」

 「俺はね、自分に出来ないことは極力早めに見切りを付けるって決めてあんの。
 あんまし自慢できないけどさ」

 「はぁ」

 「で、こっからは俺の個人的な質問なんだけど。答えてくれるかな?」

 「あ、はい」

 どうぞ、と彼女が呟いたので。
 俺は透き通る空を見据えながら、こう言った。

 「彼が来たら、どうするつもり?」

 無言。

 というより……空白。

 「怒る? それとも、寂しかったって甘える? むしろ純粋に嬉しいかな?」

 空白は続く。

 彼女の表情は、戸惑っていると言うより、どこか虚ろ。

 「……解らない」

 「え?」

 「想像、出来ないんです」

 ぎゅ、と。か細い指がスカートの端を握りしめる。

 「私、色んな事を空想して、夢想して、ずっと待っていたけれど……
 
その時の事なんて、考えたこともなかった」

 俺は小声で「そっか」と呟き、ぱちんとケイタイを閉じた。

 ベンチから立ち上がり、1つ大きく伸びをして……彼女の真正面に立ちながら、言った。

 「じゃあさ、練習しない?」

 会話がまだ続いていることに少なからず驚いているようだったが、
 俺の言った意味が気になったんだろう。
 
先を促すような目で俺の顔を見据えていた。

 「せっかく彼氏が来てくれたって時に、取り乱したりしちゃ台無しだろ? だから、練習」

 「……え、と」

 「『待ち合わせ』のな。俺、明日も同じ時間に来るから」

 言って、俺は足下の一輪挿しを手折り、それを彼女の髪に挿し入れた。

 「……え、あ?」

 「目印」

 ……束の間、指の暖かさに触れたからだろうか。
 無機質だった表情に赤味が増した、ように見えた。

 「じゃ、また明日な」

 「――――――、あ」

 ぴくり、と。彼女の顔が震えた。

 「はい。……はい! 私、待ってますから!」

 先程の貼り付いた笑みとは違う、笑顔。
 それこそ、花が咲いたかのような。

 俺は、――死にたくなるような後悔を抑え付けながら、それに笑顔で応えた。

 軽薄に手を振りながら別れた後、すぐに商店街の裏路地へと入り込み、
 持っていたケイタイを思いっきり壁に叩きつけた。

 脆い連結部分がねじ切れて、液晶画面に幾重もの黒い線が入った。

 ブーツの踵で踏み抜くと、カメラのレンズやら小さな基盤やらが飛び散った。

 完全にその形状を喪うまで踏みつぶした後は、電柱に額を押しつけて、
 ただ意味のない言葉を喚き続けた。

 ――明日彼女は消えるだろう。

 儀式的に、望んだ再会を真似ることによって。

 残るのは、手向けに送った花だけだ。

 重力に引かれて空を仰ぐと、薄汚れたビルに切り取られた多角形の空が見えた。

 順逆の俯瞰風景。

 落ちていきそうな青に倣って、暴虐する感情を一色に塗りつぶしていく。

 今はただ――、

 華やぐ笑顔に耐えうるだけの安静な心が欲しかった。

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