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× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 継内弓子は、いけすかない女だった。 強気で生意気で口うるさく、真面目で堅いイメージしかなかった。 しかし、単純な話だと解っちゃいるが……、 少なくとも、一方的に嫌ってて悪かったかな、という気にさせられてしまうくらいには。
きゅ、というシャワーの元栓が閉まる音が聞こえ、しばらく沈黙。 「聞いてんじゃないわよ」 エコーのかかった毒を吐いた後に、再び栓を捻る音。 ――そうして複雑なノイズを聞き流しながら数分。 シャワー室から出てきた継内の顔色は、やはり良好とは言えなかった。 「落ち着いたか?」 言うと、ジャージ姿で洗い髪という未知の姿のそいつは、冷たい目つきだけは変わらずに、 「タオルが匂ったわ」 と返してきた。 「仕方ないだろ、使用後なんだから」 「捨てて」 「勿体ないこと言うなよ」 「良いから、それは捨てて。お願いだから」 ……お願いされちゃ仕方ない。こいつは焼却炉にぶち込んでおくとしよう。 月明かりが差す、蒼い部室棟の中で、俺と継内は互いに壁を背にして話し始めた。 「同情なんて要らないわよ」 「してねえよ。アイツらの肩持つ訳じゃないが、こうなる原因もお前にはあるんだ。 「ひっどい男。こうなった女に言う台詞かしら」 「同情を拒んだ人間は、大抵こういった憎まれ口を叩かれることになる。知らなかったら覚えとけ」 「アンタに言われるようなら、私もおしまいかもね。解ってるわよそれくらい。ええ、解っていますとも」 台詞とは裏腹に、自分の腕を寒そうに抱き締める継内。 「お前、制服は?」 「バカなこと聞かないで。アレこそ真っ先に捨てたわよ」 「じゃあ、明日からどうすんだ?」 「代わりのが一着有るわ。でも、しばらくジャージの方が良いかもね。それっぽくて」 フン、と鼻を鳴らして強がる継内。
――俺は、ほんの少し前の時間を、ほんの少しだけ思い出してみた。 アレは手遅れなのかそうでないか微妙な状況だったが、本人が未遂だと言い張ったので、 人前と言うことで繕っては居るが、……やはりショックだったと言うのは変わらない。 そう思えた。
「仮定の話、なんだけど」 細い声で、うつむきがちな言葉は、こう続いた。 「アンタがお気に入りの服を着て出掛けた時、野犬に襲われたとして―― 傷が完治した後も、その服を着ると思う?」 月が出たのか、雲が晴れたのか。 水色のジャージ。 赤のストライプ。 三角の縁メガネ。 細い肩。 細い首。 貫く眼。 「何の話だ」 「制服着るの、嫌になりそう……って、そう言う話よ」 「気に入ってたのか」 「それなりにね」 「だからって、いっつもジャージって訳にはいかないだろ」 「そうね。そんなの変。……うん」 「しっかりしろよ、委員長。そのデコと眼鏡は飾りか?」 「デコと眼鏡で人生やってないわよ、全く」 小突く動作をしながら、ようやく継内が微笑みを漏らした。 「馬鹿は良いわね、楽そうで」 「なんだとこの」 「アンタのは、良い馬鹿よ。馬鹿にも種類があるじゃない。 「人の気持ちが分からない馬鹿と、解ってても何もしない馬鹿と、 「あと、馬鹿と連呼する馬鹿だな」 「……確かに、それもあるわね」 「やーい馬鹿」 「ケンカ売ってんの?」 「今ぐらいしかお前を馬鹿と言えそうにないからな」 「……ひっどい男」
それからしばらくの間、俺達は散発的に馬鹿と罵り合い、 送ろうかと言ったらタクシーを呼ぶから良いと断られた。
――外は、よく晴れていた。 5分で来るらしい迎えを待つ為に、2人並んで校門までの道を歩いた。 「今日のことは、忘れて」 「そいつは、お願いか?」 「そうよ。変な意味じゃなく、ね」 「お前がそう言うんなら、この件は誰にも言わないし、何もしない。 横顔が、俺を見上げる気配がした。 構わず続ける。 「嫌なモノも、見ちゃいけないものも見たけど、俺はお前の強さだって見た。 案外普通に喋れる奴なんだって思った。 髪降ろした所を初めて見たし、変なくしゃみするんだというのも知った。 そういう新鮮な気持ちまでひっくるめて、忘れたくない」 砂利を踏みしめる音だけが続く。 「同情で言ったんなら殴るわよ?」 「素直な感想だ。同情とかは、ない」 「馬鹿」 「馬鹿は公認の事実だ」 「こんな時にそんな事を平気で言うのは、違う馬鹿ね」 「新感覚な馬鹿か」 「空気の読めない馬鹿よ」 何をー、と思って振り向くと。 継内は素早く俺の手を取って、逆の手で押さえ込むように奥襟を掴み――、 何かの連続技で有るかのように口づけた。 夜の校舎には音が無く、風もなく、 本当に5分でやって来たらしいタクシーが来るまで、俺はどうすることもできないまま硬直し、 「おやすみなさい、また明日」 そう言って手を振る継内が見えなくなっても、動けずに居た。 ――それじゃあショックで忘れなさい、 という呪文めいた囁きが、後になって生々しく甦った。 あと10年は忘れそうにないと思った。 ようやく息を始めたところで、これが初めてのキスだと言うことを思い出した。 赤面と同時に絶叫した。 PR |
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