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 人間のままでいるという事は、どういうことだろう。
 壊れたこの街に住んでいると、そんな当たり前のことも解らなくなってくる。
 最近の空は血なまぐさく、かつ暗い。
 本が焼けない程度の日陰には事欠かないと言うのに、
 何もこんな追い打ちをしなくても良いだろう。そう思う。

 環状線が止まった影響からか、最近は昼間でも外出している人間は少ない。

 「……嫌な空気だ」

 店の埃を払いながら、私は1人呟いた。
 仕事は相変わらず来ない。
 と言うより、物理的に来られないのだろう。
 体裁を整える意味で黒電話を置いているが、この騒動は全て電磁波だか何だかを
 依り代にしているらしく、今は飾りほどの役にも立っていない。

 たまに見当外れな所から掛かってくることはあるが、数秒もしない内に切れてしまうと
 言ったことが続いてから、電話線を切ってしまっている。
 最後に掛かって来たのは、若い女から。
 
「タスケテ」という非常に解りやすい掠れ声と、名優でも演じきれない断末魔のセットだった。
 正直、もうこの電話は棄てようかと思っている。飛脚か伝書鳩でも有ればいいのだ。

 もしくは、足繁く通ってくれる――アイツのような律儀なメッセンジャーとか。

 

 四宮裕貴は、私の後輩だ。
 小生意気ながきんちょであり、間抜けなお人好しであり、愚かで可愛い舎弟でもあった。
 それら全てが覆ってしまったのは、6年前。
 あの悪魔に憑かれた妹が、親友、七枷ミコトを殺害した夜からだった。

 

 母親から一番最初の通報を受けたのが、私だった。
 それくらいの信用は得ていたのだと思う。
 電話口で「裕貴が、裕貴が――!!」と繰り返されたので、
 私は最初、あの馬鹿が怪我でもしたのかと勘違いした。
 愛用の原付で最大限にすっ飛ばしたところ、片道10分足らずで家に到着した。

 当時の四宮家の様子は、もうどんなことが有ろうが忘れられそうにない。

 まず、2階から悲鳴が漏れていた。
 尋常な大きさではない。
 どんな恐怖映画だってあんな演出はしないだろう。元も子もないからだ。

 人間の断末魔は、騒音とも言うべき音量を出すことがある――。
 私は改造車に傷が付くのも構わず横倒しにして、土足で玄関を踏み越えた。
 恐慌しきった母親が、私を見て化け物でも見付けたかのように悲鳴を上げた。
 ヘルメットで拳を固めて、「何があったんですか」と聞いてみる。
 
何かを言おうして、3度言葉を飲み、頭を振りながら壁にもたれかかった。
 
 私は階段を駆け昇って、まず裕貴の部屋を覗く。
 何もない。
 再び悲鳴。
 余り考えたくなかったが、最悪の可能性を考え、一息吐いて妹の部屋を蹴破った。

 

 そいつは、妹の首を絞め上げながら、
 一心不乱に数を数えていた。

 

 「ヒロタカ――――!!!」

 問答無用で裕貴の脇腹を蹴り飛ばす。
 アバラの折れる嫌な感触がした。
 8才になったばかりの妹は、顔を冗談のように膨らませ、
 吐瀉物にまみれながら絶息していた。
 意識がなくなってからも絞め続けたんだろう。首には真紫色の手形が残り、
 かつ、ひしゃげた輪郭をしていた。
 ……折れている。

 「オマエ、なんてことを――」

 私はボロボロになった寝間着を剥ぎ取り、その薄い胸に耳をピタリと付けた。

 「死にませんよ」

 声は、後ろから聞こえてきた。心音はない。

 「……なんだって?」

 「死にませんよ、そいつは。もう何度も殺したんだ。殺すって方法が生温いくらいに殺した。
 なのに何度でも生き返る」

 ぶつぶつと呟く声に形容しがたい感情を覗かせながら、
 そいつは、ふっと途切れたように笑った。

 「ミコトが死にました」

 ……唐突すぎる言葉に、私はもう一度、同じ言葉を返した。

 「……何、だって?」

 「そいつが殺したんです」

 ぐらり、と。
 視界が横に揺れる。
 いや、これは単に、目が眩んだという奴なんだろうか。
 べしゃり、というひどい床の感覚で、何とか現実に引き戻される。

 「もう手遅れですよ。コイツはシトになってしまった。
 教会の殺し屋を呼んで始末して貰うしかない。でもそれじゃ駄目なんです。
 そうなる前に、俺が出来るだけ、――あと10は殺しておかないと」

 淡々とした顔で、ソイツは訳の解らないこと喋った。
 私は、もう取り返しの付かないところまで狂ったんじゃないかと思い、肩を揺さぶろうとした。

 その時、

 

 「あは」

 

 ベッドの上で、何事もなかったかのように妹が直立していた。
 傾げた小首を、ぐきりり、りと直す。上半身は裸のまま。

 「な、」

 ……二の句が継げない。
 初めて死体が甦ったのを見た感想は1つしかなかった。

 その、――冗談だろう?

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