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 電波橋、という愛称をどう思うだろうか。

 言いづらい、カッコわる、何そのネーミングふざけてるの、など。
 様々なリアクションがあるだろうけど、ボクとしては若干言い方微妙だよねー、
 くらいにしか思ってない。

 その名前が付いた理由は単純。
 そこは電波が入りやすい橋だから。
 まあ、みんなそこに行ったんじゃ入りやすさも半減だと思うけど。

 とにかくそこは、同年代の子達にとって格好の待ち合わせ場所になった。
 ちょっとした大道芸も出来るくらいの広さを持つこの橋は、休日の今日、
 かなりの賑わいを見せている。
 その期待に答えるかのように、普段あまり耳にしないケイタイの着信音も、
 さっきからひっきりなしに聞こえていた。

 日向のそんな景色が、ボクには遠い。
 ここに待ち人もなく現れた人間は、みんな同じ事を思うんだろうか。
 自分でも何やってるんだろう、と思う。
 それでも止めることが出来ない。
 衝動的な焦りと不安に押し出された、徘徊。

 例えるなら……そう。
 道に迷ったとき、必死で見覚えのある道を探そうとする心境に、よく似ている。

 手掛かりはどこだ、どう歩けばいい――?
 それだけをずっと、考え続けている。
 3年前、初めてここに辿り着いた、その日から。

  

 「あれ、アイちゃんじゃないですかー」

 聞き覚えのある声に振り向くと、

 「あ、サクラちゃんだね」

 友達になったばかりの女の子が居た。しかも、何やら男連れのご様子。

 「どしたの、こんな所で。……あ、ひょっとして、誰かイイヒトと待ち合わせなのかなー?」

 くふふ、と嬉しそうに笑って肘を突っついてくる。
 やめなさい、というチョップが分け目に入った。

 「痛ったーい! もー、これは乙女同志のコミュニケーションなんだから、
 とーへんぼくのお兄ちゃんは口挟まないでくれるっ?!」

 びしっと彼(お兄ちゃんか)を指さして、そう言い放つサクラちゃん。

 結構難しい言葉知ってるんだなあ。意味解ってるか微妙だけど。

 「で、アイちゃんは誰かと待ち合わせ?」

 「え? あ、いや……そういうんじゃないけど」

 「大丈夫だよ、言いふらしたりしないからー。ほれほれ、言ってみなさい?」

 何かの映画のパンフをくるりと丸めて耳に付け、さあ! と促す。
 うーん、そんなこと言われてもなぁ。

 「……やめとけ。困ってるだろが」

 お兄さんが、今度はアタマをがしりと掴んで、ぐらぐらと左右に揺らした。
 
うあ゛ー、という情けない声と共に、目が渦巻きになっていく。

 「すいませんね。コイツ、人との接し方がなってないもんで……」

 お兄さんが申し訳なさそうに言う。

 「あ、や、別に。それはお互い様ってことで」

 こちらもぺこり。変な絵だ。傍から見て、どういう集団に思われているのか知りたい。
 ……あ、やっぱ知りたくない。

 「むむー、じゃあ何しに来てたのー?」

 納得行かない感じで、まだフラフラしてサクラちゃんが言った。

 「んー、何かすごい曖昧な言い方しかできないんだけど」

 「それでも良いから教えてよー。
 わたし、気になることがあったまま寝ると夜泣きしちゃうんだから」

 ……う、妙にリアリティがある文句を聞いてしまった。
 話すしか、ないか。

 「あんまり……うまく言えないんだけどね。諦めきれないで、来ちゃうんだ――」 

 

 「――『探し物』を、探しに」

 

 空に移した目をふと戻すと、仲睦まじい兄妹は、やはり仲良く……固まっていた。

 あれ、変なことは口走ってないハズなんだけど。

 「……ごめんなさい」

 しかも謝られた。

 「え、いや、何で?」

 「だって今、アイちゃん、凄い目……してた」

 ――――失敗。

 どうも最近、感情のコントロールが上手く行ってないような気がする。

 「あー、うん、ドライアイなのかも。季節柄」

 ……二の句もまずい、か。
 参ったな、ボクだって喋るの得意って訳じゃないのに。

 「ところで、2人はこれから何処行くの? 映画?」

 「……それは、コイツが人混みにぐずったから却下。
 駅前の方に新しい屋台が出来たって言うから、そっちの方を冷やかそうかと」

 お兄さんが代わりに発言する。
 彼女は、コートの中に半身を隠して、こちらの様子を窺っている。

 何だろう、すごいお兄ちゃん子ってのは解るけど、何か違和感がある。

 「……怒ってない?」

 ちょっと泣きそうな顔で聞かれたので、

 「怒ってないよ」

 極力優しい顔をしていった。ぱあ、と顔色が明るくなる。
 うん、こっちの方がこの子らしいや。

 ボクは嬉しくなって、彼女の頭をわしわしと撫でた。
 くすぐったそうに目を細める様が可愛くて、それをしばらく続けてあげる。

 その後お兄さんが

 「何か迷惑掛けるかも知れないけど、どうかよろしく」

 と言って、この場を去っていった。
 見えなくなるまで、何回も何回も手を振っていた。

 

 *

 

 2人と別れてから、しばらく後。

 「――お嬢ちゃん」

 ……いかにもな風体の怪しいおじさんが話しかけてきた。

 「あんた、『冥想幻視』だろ? 吸血鬼狩りの」

 顔はこちらに向けていない。
 やけにごついノートPCに向かいながら、抑揚のない声で話し続ける。

 「例の環状線の件で情報がある。ヒトヤマ10で買わないか?」

 「――あの件ならもう片づいたけど」

 「違うな。あのお嬢ちゃんは正気に戻ったが、環状線の封鎖はまだ続いている。
 それが安全確認の為だけじゃないってのは、情報屋なら全員知ってることさ」

 見ると、モニタの端では、ジャイロを模した3D画像が静かに運動を続けていた。
 神楽謹製のノイズキャンセラ。
 有力筋と見た方が良いだろう。

 ボクは、お財布から黒塗りのクレジットカードを抜き取り、おじさんに渡した。
 その場で読み取り機に掛け、入金が確認される。

 「まいどあり」

 ニヤリと笑って、おじさんはカードとA4サイズの封筒をボクに手渡した。
 中身は書類と――MO?

 「先日、旧品川付近で起こった列車事故の様子だ。運良くカメラに収まってる。
 詳細は添付した書類で確認してくれ」

 ありがとう、と短く礼を言って、カードに付いた指紋を袖でふき取る。
 
中身を確認するのはボクの仕事じゃない。
 ようやく、この場所を本来の意味で利用できそうだ。

 カード式携帯を取り出して、アンテナを伸ばす。太陽に向かって。

 「――おじさん」

 ちょっと確認したい事があって、声を掛けた。

 「今、ボクはどんな顔をしてるかな?」

 妙な質問だと思ったのだろう。一瞬呆れたような表情を浮かべたが、
 おじさんはすぐに笑って切り返した。

 「どうもこうもない。それが殺し屋の貌って奴だろ――フリークスめ」

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