忍者ブログ
[3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 「ヒロタカ。私は言ったよな? 下らないことをするんじゃないと」

 熱に浮かれた裕貴の顔が、一瞬冷却したように見えた。

 「サクラ。オマエもだ。
 言葉遣いはどうだろうが、人様を軽々と貶めてはいかんと言ったはずだよな?」

 コイツはキョトンとしている。多分、何故私が居るのかも解っていないんだろう。

 「何だお前ら、そのザマは? ドーブツみたいにギャンギャン吠えやがって。
 ヒトなら人語を話せと言うんだよ」

 「ちょっと何なのシズネちゃん。いい加減に、」

 「うるさい。黙れ。耳が腐る」

 私は、持っていた小型のカッターナイフを出し、左腕からすっと振り下ろした。
 じくじくと、新鮮な血が溢れ出してくる。

 「じゃれ合いを見るのはもう沢山だ。殺し合いがしたいんなら、私が相手になってやるよ」

 「……シズネさん」

 「どうしたヒロタカ。今更ビビッたとか言わせんぞ。
 それともやはり怖いのか、私が? んー?」

 何も考えられないくらいに穏やかなのに、いつも静かな口が元気だ。

 ああ、憶えている。

 コレが真実――、怒りという衝動だ。

 「よし、じゃあ今度はシズネちゃんが餌だ。アタマから噛み砕いて上げるよ!!」

 何も考えずに、ベッドのスプリングに乗ってサクラが仕掛けてくる。

 下らない。

 本当に。

 「――縛道」

 しゅるりと、私の血が円弧を描いてサクラをからめ取る。

 「――砕破」

 続いて、ごしゃりという圧縮音。

 「――滅意」

 ぼふ、という空気の抜ける、間抜けな音。

 騒音の元は塵へと帰った。


 「これでしばらくは静かだろう。ヒロタカ、塵に帰った場合はどのくらいで蘇生するんだ?
 まさか試さなかったとか言うんじゃあるまいな、こんな手を?」

 がし、と。
 空いた右手でアタマを掴む。

 当然ながら、まだ傷口は癒えていない。
 血が固まるまで、コレは使い続けることが出来る。
 この頭蓋骨が、私の握力に耐えられればの話だが。

 「怖いか? 私が」

 薄茶色の瞳を覗き込む。私はひどく無表情だ。

 「怖いか? ――人間以外の存在が」

 問いかけには答えない。
 その代わり、冷たい時間と畏怖だけがある。

 「……ごめん、なさい」

 「良く言った。憶えておくぞ、そのツラと、その言葉を。
 ……もし、その気持ちを裏切ったのなら、私がオマエを殺す。良いな?」

 ただ、頷く。

 うん、許す。

 見ると、懲りない馬鹿が一名、荒い息でこの世に戻ってきていた。

 「……何、なの。コレ」

 「ああ、加減が出来なくて済まないな、サクラ。
 不甲斐ない兄に変わって私が相手をしてやろう。
 ……なあに、意味を破壊されても甦る原姿教典の力だ。
 アレを食ったというなら、私の殺害方法も、あと5回はしのげるだろうさ」

 「な、……じょ、冗談じゃな、」

 ずちゃ。

 部屋ごと、俯瞰の刃が空間を断ち切る。

 輪切りに展開されて間延びしたサクラが、だらしなく左右に飛び散った。
 
 ×の字状に、傷を付け直す。

 「あの攻撃をあれだけの時間で再生するとは驚いた。
 ――いや、再生ではなく巻き戻って読み込んだのか」

 ……ふん、どうやら本当にアイツを食ってしまったらしい。
 よりにもよって地獄のような『不死』を。

 「今はたっぷりと味わうが良い。時が来たら忘れさせてやる。
 その痛みも、憎しみも、全て……な」

 

 ――――――回想を切る。

 見ると、煤と水銀で汚れた空から、最汚染区域特有の毒雨が落ち始めていた。
 そして、

 「妙に鮮やかだと思ったら……お前の仕業か」

 私は、一匹の黒猫を引っ掴んで、共に家の中へと入った。
 人ならざる魔王の使い。
 首輪と声を持たない彼女たちは、気まぐれに人のユメを覗き見るという。

 「感傷に浸っていただけなのに……余計な物を見せてくれる」

 小さな額を撫でてやりながら、降りしきる黒い雨を見上げる。
 私は、土間に積んである石灰の袋と、今月の生活費を天秤に掛け、溜め息をついた。

 「上がったら、久しぶりに面を拝みに行ってやるか。
  ……今は羽振りも良いだろうし、な」

 1人呟いて、物言わぬ猫の額を撫でた。
 確かに血の通う、暖かい感触がした。

PR
忍者ブログ [PR]