忍者ブログ
[5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 この街の夜明けに、鳥の鳴き声はない。そもそも、鳥自体が存在しないからだ。
 封鎖された旧副都心部にはカラスがひっそりと生息しているが、
 悠々と空を飛んでいるという話は聞いたことがない。
 恐らく太陽と月が共に狂った所為で、空を飛ぶ気にならなくなったんだろう。

 ……だらだらと、どうでも良い連想が続いていくのをやんわりと静止しながら、思う。
 朝だ。
 眠れはしなかったが、起きなくてはならない。
 何だかひどく矛盾した――というより損をした――気分だが、とりあえず眼を開けて、
 半身を起こすことにした。

 「……ぐう」

 可愛げも何もない声を漏らして、妹はにゃむにゃむと呟きながらシーツを被る。
 溜め息を吐くのに慣れてしまった自分を、心中で少しだけ慰めた。
 ぼっさぼさの髪で惰眠を貪る我が妹君は、お約束のような寝言を言いながら
 お気に入りの枕を抱き締めている。

 「……もう食べられないよう」

 それは朝という空間の中で、自分が努めなければならない仕事を思い出させる内容だった。
 そう、まずはメシだ。

 

 「ぅはよー」

 眠い目をごしごしとこすりながら、サクラはふらふらと洗面所に消えていった。
 さすがに今日は元気がない。
 と言うより、昨晩すべて出し切ったのだろう。

 ほとんど夜明けまで及んだ「学校のすごかった話」は、もう半分以上記憶にない。
 ただ、牛乳とマシュマロを混ぜると爆発するから気を付けてお兄ちゃん、
 という電波な台詞だけは辛うじて憶えている。
 訳が解らない。
 だから卵を混ぜた。
 ……当たり前の話だが、鶏卵ではない何かである。

 裏マーケットの親父は新鮮な卵パックを素敵な値段で売ってくれるが、
 これが何なのかは一向に教えてくれる気配がない。
 基本的には無駄な出費だが、コレがないとサクラがうるさい。

 一度、塩ジャケ中心メニューを出したことが有ったが、その時はマンガのように泣いた。
 その泣き声たるや、近隣の苦情など飛び越えて自治体が駆けつけたほどのものである。
 だから、財布に余裕がある限り、この高蛋白な朝メニューを作り続けるのというのも
 仕方ない話なのだ。

 ちなみに、この事をシズネさんに相談したら、満面の笑みを浮かべて「馬鹿者」と言ってくれた。
 まったく、みんな解っていない。
 兄貴って、結構疲れる職業なんだぞ。

 

 「たまごやきさん、たまごやきさん、おいしくなーれ~♪」

 ぼたぼたとウスターソースをかけながら、即興のメロディを口ずさむサクラ。
 そして、昨日一山いくらで売っていた固いライ麦パンを頬張る自分。
 
不公平なんて、感じていない。
 あの正体不明な卵を一緒に食うというのも、確かに恐ろしい話では有ったが、
 それ以前に胃が受け付けないのだ。
 朝だからではない。
 
どうにも、一度両手を喪ってから先、味の濃い食事を避けるようになってしまったらしい。

 主養分はパンとコーヒー。甘味の類は付けない。
 まぁ、そんな偏った食生活を続けても、人生何とかやっていけるモノである。

 「ねえ、お兄ちゃん」

 「何だ。キャベツのおかわりならもう無いぞ」

 「違くて、何でいつも立って食べてるの? お行儀悪いよー」

 ……妹にお行儀悪いと言われた事にショックを受けつつ、何とか適当にごまかした。

 「作ってる最中に食うっていう生活が長く続いたからな。癖みたいなもんだよ」

 ふーん、と眉間にしわを寄せて食事に戻るサクラ。まぁそれで良い。
 同じ卓で食事をすると言うことは、当然間近で手を見られると言うことにもなる。
 一度粉々になった事のある手が食卓を舞うのは、余り気持ちが良いことではない。
 自分でもだ。
 コイツは気にしないだろうが、万一と言うこともある。
 だから、お行儀悪くて結構なんです。

 

 「さてお兄ちゃん。今日は休日ですね、そうですね?」

 食事が終わり、さて一服でもしようかと言うときに、
 サクラはよそ行きの服を着てそんなことを言った。

 ……出掛けるってのか。

 「だりぃ」

 「駄目ですよー。お兄ちゃん、ハンパに夜行性なんだから。
 たまには太陽に消毒されてシャッキリしないと」

 「……じゃあ日向で寝るわ。おやすみ」

 ぎゅいいぃぃ、と両耳を引っ張られた。とても痛い。

 「駄目! 今日はこの服着ちゃったからもうお出かけ! 決まりっ!!」

 横暴に打ち切って、またごそごそと何かの支度を始める。
 本当に、溜め息を吐く理由には事欠かない。

 ――休日だって? 

 そんなもん、生涯夜行性の化け物には全く関係ない事じゃないか。

PR
忍者ブログ [PR]