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 「どうにも解らねぇんだが――」

 魔王、村上サイファは悠然と言葉を投げかけて来た。

 「何でオマエらはそうまでして生きたいかね? 惨めだと思わねぇのか、その姿が」

 煌々と照りつける月光の下、あたしはボロ屑のような格好でへたり込んでいる。
 初めて対峙した『最強』の力は、話にならないほど愉快に飛躍していた。
 もう笑いしか出てこない。

 「アンタだって――」

 皮肉のつもりで開いた口に、鉄の味が広がった。噛み殺しながら続ける。

 「アンタだって持ってるじゃないか。名前と、……称号を」

 ――ぐい。

 癇に障ったのだろう。一回り小さい手が、喉を握りつぶす勢いで、あたしの襟首を掴んでいる。

 「名前なんてのは、記号だよ。自ら進んで付けて貰うモンじゃない。
 たった2文字で一括りにされて、悔しくないのかオマエら? ん?」

 おぞましいほどに鮮やかな、深紅の瞳。

 ソイツは明らかに怒っていた。
 自分と同根の存在、その末端がヒトに飼われていると言うこと……、
 いや、飼われようとしていることに対して、か。
 それに対する憤りが、ありありと見て取れる。

 「化け猫はな、群れて初めて完全体なんだ。その点ではヒトと変わりない。
 だがな、ケモノにはケモノとして失っちゃいけないモノがある。
 澄んだ敵意だ。
 疑いを挟まない、直線的な闘争心があるからこそ、
ケモノは迷い無く生きられる。

 それを――、」

 その視線が、凍てつく。

 

 「その完成形を、オマエら出来損ないが『狩る』ってのは……いかがなモンかな、オイ」

 

 この街に住む猫は、2種類ある。飼い猫と、野良猫だ。

 飼い猫は、神楽という組織の鈴と名前で括られ、個別の自我を持ち、人間の命に従う。

 野良猫は、群体として強大な力を振るう代わりに声を失い、
 その自我と意識を全て主と共有している。

 そして……元々は全ての猫が、使い魔として彼女に隷属していた。

 

 「敬意を払って名前で呼ぼうか。
 撥に……、月。『ハヅキ』って読むのかコレ? ――兵隊にしちゃ随分立派な記号だな。
 オレはてっきりクロだのアカだの呼ばれてるのかと思ってたよ」

 あたしの髪をぐいと掴み、同じ目線まで引き上げる。

 「ハヅキ、オレは動物が好きだ。滅多に殺さん。それが自分の使い魔だってンなら尚更だな。
 指を噛んだぐらい、笑って許してやるさ」

 魔王が笑う。気付くと奥歯が鳴っていた。

 「だが、使い魔同志で潰し合われちゃあ、
 どんなに心の広いご主人様でもお仕置きしないわけにはいかねぇよな?

 神楽のクソ女共は、オマエらをコマにするだけじゃなく、
 自分たちのエサにまでしてやがるンだぞ?

 それも教会と拮抗したいっていうたわけた自尊心の為にだ。

 ――捕獲した仲間が毎日チリに帰っていくのは知ってんだろうなぁ?

 界門御者のクソ野郎が自前のサーバを維持したいがためにだぞ?! 

 テメエら――、電池にも劣る扱い受けてまで、
 まだ戻りてえのか、あの薄汚ねえ境内にっっ?! ああん?!!」

 今にも食い殺さんばかりの勢いで、紅い魔王は牙を剥き、猛っていた。
 瞳には、薄く涙が滲んでいる。
 髪をわし掴んだ手にも、震えが。

 「オレはアイツらを許さねぇ。絶対にだ。皆殺しにする。虚勢じゃねぇのは解るだろ?
 オレはこの街の『最強』だ。その感性がな、あのゲス共が生きてちゃいかんと囁くんだよ。

 だから――」

 するり、と。手が首輪の……タグへと伸びる。

 「帰ってこい、オレの所に。こんなモノが無くたって、猫は幸せになれるんだぜ?
 気まぐれで良いんだ。どこへ行くのも自由だ。
 ――だが、あそこの飼い猫になるのだけは、やめてくれ。

 ウチは相変わらず猫屋敷だよ。飯代だってギリギリだが、そんなにマズイ物は喰わせてない。
 数は減ったが、寂しくはならないハズだ。

 だから、……な?」

 懇願するような目で、魔王はタグを握ったまま、離さない。
 その気になれば引きちぎれるというのに、動かずに無言で語りかけてくる。

 ……頷くのを、待ってるのか。

 切なそうな顔をしたまま、耳の後ろを愛撫される。

 少しだけ、声が漏れた。

 ああ、思い起こせば、昔。

 あの縁側で寝そべっていた日向も。

 そんなに悪いモノじゃ無かったような――。

 

 「みっともないですわよ、『元』マスター?」

 

 ひゅん。どどどど、ど。

 風切る音を聞いたかと思えば、着弾した銀矢が5つ。全て首を貫通していた。

 ごう、と。

 酸化した秘薬が一斉に炎を噴き、魔王は叫声を上げる。

 「こっちへ!!」

 青い袴の巫女が、あたしを引きずって路地の裏へと後退していく。
 ……見ない顔だ。新入りかな。

 「ひどい……こんなに痛めつけるなんて」

 三つ編みに眼鏡の彼女は、あたしの折れた手足を見てから、
 向こうで噴き上がった炎を睨み付けた。

 「貴っ様あああぁぁあぁああああっっっ!!!!」

 腹の底から怒声を上げ、魔王が血を吐きながら復活した。

 特製の銀の弓矢を掲げたまま、彼女――サヤは、不敵に微笑んで言い放つ。

 「あら、御免あそばせ?
 アナタの綺麗な首筋が、まるで狙ってくれとばかりに無防備だったモノで。つい」

 「……何度目だ、テメェ? これで何度オレの邪魔をしたっ?!」

 「――6度。逆に言えば3度、間に合いませんでしたけどね。
 ……アナタに縊り殺された彼女たちの顔。私、決して忘れませんわ」

 きっ、と。サヤが魔王を睨み据える。

 「――オマエら、いい加減に目を醒ませよ。神楽に良いように使われて、
 仲間を平気で殺して回って、かつ人間にまでシッポ振って、それで良いのか?
 それでオマエらは満足なのかよっ?!」

 「ぴーぴーと喧しいですわよ、猫屋敷のご主人様?
 
あんなの、一方的な精神支配じゃありませんの。
 私たちに有った僅かな自我と精神を取り去っておいて、何を馬鹿な事を」

 「オレはっ! オマエらの本能と意識を解放してやったんだ!
 ケモノとして無機に純化させてやった! 強くなったんだぞ?!
 それは生命種として、喜ぶべき事なんじゃないのかっ?!」

 「――強く? それが余計なお世話だと言うんです。
 ヒトの間で暮らしてきた私たちに、今更そんなモノ押しつけられても困りますわ。

 私たちは、ひたすら呑気に、怠惰に、戯れに、愛玩されて生きていければそれで良かった。
 アナタが味わっている孤独なんて、知ったこっちゃありませんの。それに――」

 

 「私、今の生活……結構気に入ってるんですの」

 

 サヤは挑発的に笑った。

 王は壊れたように嗤った。

 激突を待たずして、私の意識は暗転する。

 最後に覚えたのは、染み込んでいくような微睡みだった――。

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