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 「コレは、さっき入手したばかりの情報ですが」

 カード型の携帯端末を取り出し、粗い画像ファイルを開く。

 「例の件、やはり村雨キッカ1人によるモノではない、と言う裏付けが取れそうなんです。
 昨夜、復旧作業中に誤って順路を変更したトロッコが、
 放置していた車両に衝突すると言う事故がありました。
 作業員達は現在、行方不明。車輛も、忽然とどこかへ消えてしまったそうです。
 ――ただ一つ、微かに残った朱い霧を残して」

 興味を引かれたのか、彼女は解像度の低い複写画像を睨み付け、
 ……不意に気付いたように言った。

 「ちょっと待て。何でそんな機密をここで話すんだ? 私は一介の、」

 

 「貴方に選択権はないんですよ、貴宮シズネ……いえ、『春日狂騒』」

 

 私は、ぱらり、と手にしていた書物を開いた。

 例の千十殺が残した偽りの世界記述――魔義が、瞬時にその固有概念を解放する。

 「――なッ?!」

 幾百の想念に裏打ちされた『固定』の因子が、彼女とその周辺世界を括る。

 中空に跳ねる湿気ったお茶も、そのまま固定されて幾何学なオブジェとなった。

 「仮にも、私は原姿教典の一節を預かる身。
 この程度の武装概念なら、問題なく使いこなせます。
 彼女がしたことは到底許されることではありませんが、
 我々の基底観念を小気味よく破壊してくれたことに関しては、感謝しなければなりませんね」

 くすり、と笑うと、彼女は唯一固定されていない口をパクパクと開けて、藻掻いた。

 「――有り得ない」

 口調は苦々しかった。

 「均一化勢力が、何で吸血鬼の持ち物なんか使うんだ。アンタ達は――」

 「ええ、今まで私達は、ヒト以外の霊長類に関して狭量すぎました。
 漸化神道のように、化け物を内に取り込んだ方が効率的……、
 いえ、この街においてはむしろ必然だったんですね。
 そこを履き違えた所為で、大勢の人が死んだ」

 「馬鹿言え! 純血種の人間が使うから、教会の武装は強力なんじゃないか。
 そんなモノ使い出したら、本当の意味で『人類均一化勢力』が崩壊するぞ!」

 「教義と心中するつもりなんてありませんよ。
 私達は、私達の安全を守るための具体的な力が必要なんです。
 『化け物の力』も、『化け物』も、今後は積極的に取り入れて、
 もっと攻撃性の強い組織に生まれ変わらなければなりません」

 ぐぐ、と。脂汗を滲ませて首を捻る彼女。

 ……やはり、人間でなくなったヒトには、コレくらいの力では不足なのだろうか。

 「――そうか。オマエ、もうその本に魅入られちまってるのか。
 ……完全に。気付かないとは……、不覚だった」

 「さて、『旧友』貴宮シズネ。私達は貴方の存在を肯定します。
 新生・原姿教会における第1勢力、その最前線を張って貰いましょう。
 熱望していた教会に入れるんです。もっと喜んで下さい」

 敵意の眼差しが、私を貫く。

 「1つだけ」

 「……はい?」

 「1つだけ答えろ、羽佐間ヒカリ。『春秋一刻』を殺したのは、――オマエだな?」

 私は答えない。ゆっくりと、首を傾げる。

 「とぼけるなよ。アイツは、道端の吸血鬼に噛まれるようなタマじゃない。
 ……教会内の勢力図をひっくり返す為に、オマエが暗殺したんだ。違うかっ?!」

 「……よく解っていないようなので、もう一度説明しますね。

 彼は、『最期まで』、立派な戦士でした。

 己の理想に殉じるなんて、並大抵の人間には出来ませんものね。本当、尊敬します」

 ……愕然とした表情。

 信じたくはなかった、本当は否定して欲しかった。顔にそう書いてある。

 面白いヒトだ。
 人間以外の存在であるのに、中身はどんな人間よりも、人間らしい。

 ……人間に憧れて、人外の身でありながら教会の門を叩いただけのことはある。

 眩しい。

 そんな存在は、私の覚悟を狂わせる。

 だから、

 「返答を聞きましょう。私達に従うか、否か」

 問いを発した。

 彼女は、唇を噛みしめ、私を睨んでいる。

 噛みきられた唇が震えて、直後、笑みのカタチに吊り上がった。

 

 「くたばれ、偽善者」

 

 私は微笑んで、自身の武装概念、『瞬刻閃空』を展開した。

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